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ボランティア
投稿日:2011年6月10日(金)

与えたパソコンを練習する二人。
約束通り、私が帰国すると姉から勉強の報告のメールが入っていました。

姉と弟の二人の医学生。父親は5年前に病没しており、母親は小学校教師ですが二人の授業料が母親の月収を超えているため、就学の継続は困難になっていました。 そのため急遽二人の奨学金を決めました。
有償奨学金にして、医師になった後に全額返済させ、それを次の子供の奨学金に当てることとしました

奨学金も今年で8年目。 奨学生も40人に達しました。 ほとんどの子は大学生となり、完全に自立して 仕事と勉強を両立させている子もいます。

奨学生たちと、スージーパ ン僧院の大仏殿にて

 

物価の上昇と、予定外の奨学金を             バガン仏教遺跡の夕焼け
出したおかげで、手持ちの現地通貨は
スッカラカン。
スタッフに借りる事を考えたほどです。
何とかバガンまで移動し、ここで両替
することができましたが、あまりの
レートの悪さに思わず絶句!
今回はお金の苦労が連続しました。

翌日早朝、シャン州にあるインレー湖に移動。

 

ここは足で舟を漕ぐインダー族で有名なところです。

首長族として知られるパダウ族。 伝統的な腰機で布を織り、カバンを作って、  お土産に売っています。
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シャン医学の薬。
ミャンマー伝統医学の薬と一緒に売っています。

中国では漢方の他に、各少数民族の伝統医学があります。
朝鮮族、チベット族、モンゴル族、タイ族などです。
ここミャンマーはインド医学系統のミャンマー伝統医学なのですが、インレー湖ではシャン族(タイ系)の伝統医学がありました。

 

この後マンダレーに移動。
ミャンマー伝統医学大学で、
鍼灸用の針1万5千本、
モグサ7kgを寄贈しました。

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大学の付属病院にて

仏陀が修行僧を治療している絵

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付属病院の鍼灸治療室

 

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ミャンマー伝統医学の膏薬

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薬が流れないように固定した治療。中医学でもこのような治療があるのを本で見たことがあります。

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ヤンゴンに戻ってから、伝統病院に
鍼灸用針5千本、モグサ3kgを寄贈しました。他にも民間のボランティアの病院に鍼灸用針5千本を寄贈しました。

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今年は計2万5千本の針と10kgのモグサを寄贈しました。
内訳は1万1千3百本が例年の如くカクモト商会さまからの寄付、セイリンさまからは3千本、ヤンイー貿易さまから4百本、ファロスさまか
ら3百本寄付していただき、 三宅漢方医院からも1万本とモグサ10kgを出しました。

投稿日:2011年6月8日(水)
2011年のゴールデンウィーク、  
今年もまたミャンマーへの渡航時期を迎えました。 私と父、清水さんの3人で、鍼灸用の針2万5千本とモグサ10kg、パソコン2台を運びました。
4月26日12時前に福岡を出発し、ヤンゴン着はミャンマー時間で19時前。 マンダレーの伝統病院とヤンゴンの伝統医学病院に事前に税関の書類を作成してもらっていたおかげで、今回は税関でのトラブルもなく無事入国。
翌朝早朝の飛行機でバガンへ移動しました。
パコック市と対岸を結ぶ橋は昨年建設が始まりましたが未だ出来上がっておらず、 対岸までタクシーで来たものの、結局舟で渡ることとなりました。
しかも舟代の高騰ぶりにビックリ!!ガソリン代が上がっていることとドル安で、今までで最高にタクシーや舟の料金が高くなっていました

 尼さんたち。貧しい家も子が多く預けられています  
2006年に漫画家 中井芽菜さんが 描いてくれた仏像が 縮小コピーされて 仏壇に飾られ 拝まれていました。
何か感慨深いものが あります。

昨年大風で壊れた校舎は全て修復されていました。
黒板も見えにくい旧式のものから、ホワイトボードに変わっていました。表面には日本から寄贈されたものとビルマ語で記載されています。
まず会計の監査。
奨学金の使い方が適正かどうかチェックします。問題がないのを確認の後、今年の奨学金授与式。
 

現在、学費が年々上がっていくのが頭の痛い問題です。
奨学金開始の時は中学高校6年間の学費が30万チャット以下でした。それが40万チャットになり、今ではその40万チャットが中学4年間か高校2年間だけの学費になってしまいました。不足しがちな奨学金を、運営の工夫で乗り切ってもらっている状態です

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夜は奨学生や先生たちを招いて会食。
3年前にデモがあってからは、数人集まると政治集会と見なされて危険な状態が続いて いたので、会食は実に3年ぶりです。この時、奨学金を希望する医学生と面談し、 今の生活状況などを詳しく聞きました。
 
   
   
 

   
 
 

 

 

 

 

 
 
 

 
  
 
 
 
 
投稿日:2009年8月24日(月)
2008年8月
漢方薬局招き猫の斉藤正勝先生が同行。

6人の子供が中学・高校へ6年間通うための奨学金と
1人の医学生1年分の奨学金を出し、机とイスを10セット寄贈しました。
このうち中学・高校の3人分は正信会水戸病院の吉松秀則院長から、
1人分は患者の竹本チヨコ様から、もう1人分は本村千鶴子様から
寄付していただきました。

 

 

 


マンダレーの伝統医学大学付属病院での医学生の臨床実習

富山医科大学に留学経験のある
マウン・マウン・テッ先生

マンダレーの伝統医学大学に
鍼灸用針4万本、モグサ7kgを寄贈しました。
針はセイリン株式会社と
カクモト商会より寄付していただいたものです。

ヤンゴンの伝統医学病院に鍼灸用針1万本、
モグサ3kgを寄贈しました。
針はセイリン株式会社とカクモト商会より
寄付していただいたものです。
投稿日:2009年8月24日(月)

2007年3月
6人の子供が中学・高校へ6年間通うための奨学金を出しました。
このうち3人分は正信会水戸病院の吉松秀則院長から、
1人分は患者の竹本チヨコ様から寄付していただきました。

 


奨学金の他は、中井芽菜さんの絵や日本で買った仏像、
姉妹校縁組用のデジタルカメラなどです。


バガン仏教遺跡群にて


ポッパ山のサル


アマラプラのウー・ベイン橋


マンダレーの王宮

マンダレーのシュエナンドー僧院

生まれて初めての動物園
マンダレーの伝統医学大学へ鍼灸用針とモグサを寄贈しました。
針の一部は今回もカクモト商会から寄付していただきました。

マンダレーで奨学生たちとはお別れ。ミャンマー流に拝まれて挨拶。
別れ際に泣き出す子も・・・。
 
投稿日:2009年8月7日(金)

院長のミャンマーでのボランティア活動をご紹介していきます。

2009年は5月の連休1週間を使って、
ミャンマーのヤンゴン、パコック、マンダレーの3箇所を周って活動しました。
いつもボランティアで通訳と調整役をやってくれるオウン・ミン氏と。
バガン空港にて。
  パコックのスージーパン僧院にて。小さな尼さんたちと。

 スージーパン僧院付属学校の図書室。まだ本が少ししかありません。
パコックでは本屋が3軒しかないので、マンダレーに行った時、ミャンマーや日本の民話、
世界児童文学、辞書などの本をたくさん買って寄贈しました。

僧侶たちへのお布施。食事としてお出しします。実際に食事を作るのは信者さんたち。
僧、尼さん、信者さん、先生、奨学生たちも含め、一度に百数十人が食事をします。
以前は奨学生や先生たちと夕食も共にしていたのですが、2007年のデモ以来当局の
目が厳しく、政治活動と疑われるのを避けるためここ2年は地元の人との外食は控えています。
奨学生や先生たちと。スージーパン僧院の大仏殿にて。

 仏教系のボランティア団体が僧院の前に建築中の病院。
できあがればSEEDの医療活動にも使わせてもらえます。

塾の宣伝ポスター。
合格者の写真を載せ合格率の高さをアピールしています。
ミャンマーの教育システムはかなり問題があり、塾に行かなければ
成績が上がらないようになっています。日本と違って問題集など
ほとんど売っておらず、
独学での成績向上は非常に困難なのです。

 

寺に預けられる子供たちは普通の出家もありますが、親が貧しかったり、
離婚や死別で養えないからという場合も多いのです。
6年間の奨学金(塾代込み1人40万チャット)5人分、
医学生の奨学金(1年間70万チャット)1人分
 英文科学生の奨学金(3年間30万チャット)
1人分テーブルとイス10台奨学生用辞書25冊が今年の寄贈内容です。

パコックの後はマンダレーに移動し、伝統医学大学にて
学生が臨床実習で使う2万5000本の針を寄贈しました。
これらはセイリン株式会社とカクモト商会から寄付していただいたものです。
伝統医学大学付属病院の鍼灸部門
中国から独自のルートで輸入した鍼灸用針
中国製を手本に、自分たちで作った銅人。
よくできています。
伝統医学大学の先生たちと
マンダレーの後はヤンゴンに戻り、伝統医学大学で治療用の針4000本を寄贈しました。
この他、ワチェの病院で使う針1000本も別ルートで寄贈しています。
今回ミャンマーに運んだ針は計3万本。
御協力いただきましたセイリン株式会社様とカクモト商会様には重ねてお礼を申し上げます。

 

ヤンゴン国際空港での夕日。
今回も無事仕事を終えることができました。
助けていただいた全ての人に感謝です。
(^.^)/
 
投稿日:2009年7月31日(金)

2006年5月
岡山のボランティア団体“ハンサムな女たちの会”のメンバーや
漫画家中井芽菜さんが同行し、大変賑やかな訪問となりました。

      
舟でエヤワディ河を遡ります。              港からトラクターでお寺へ移動。
                       おしりが割れそうな乗り心地です。

スージーパン僧院付属学校に到着。生徒たちの歓迎を受けます。

各学年と記念撮影。写真は日本人参加者から
全ての生徒にプレゼントしました。

6人の子供が中学・高校に6年間通うための奨学金
を出し、4人用イス20セットを寄贈しました。
この内3人分の奨学金は正信会水戸病院の吉松
秀則院長に寄付していただいたものです。
     
奨学生たちを夕食に招待。                   帰国後に中井芽菜さんに                      
今まで緊張していた学生たちも食べ始めると           描いてもらった           
笑顔がこぼれ、思っていることを話し出してくれます。     スージーパン僧院の絵

パコックの後はバガン、メッティーラを経て、マンダレーに移動。
マンダレーヒルにある戦没者慰霊碑にお参りしました。

マンダレーの伝統医学大学で鍼灸用針とモグサ、
針を買うためのお金40万チャットを寄贈しました。
針の一部はカクモト商会様から寄付していただいたものです。

2006年12月


将来日本の学校と姉妹校縁組をする下準備のため、
父幸和と甥祐介を派遣。
ノートパソコン4台を寄贈しました。
インターネットの設定や準備は信者さんたちが行いました。

前回までに寄贈したお金で作ったイスや黒板。
日本からの寄付であることがビルマ語で書いてあります。
投稿日:2009年7月31日(金)

今までの活動内容


2004年6月
スージーパン僧院に身を寄せる
尼僧の女の子3人に
高校に通う為の奨学金を出しました。
教育支援活動の始まりです。

2005年3月
岡山のボランティア団体
“ハンサムな女たちの会”から寄付された
お金も併せて、8人の子供が中学・高校に
6年間通うための奨学金を出し、黒板8枚を
寄贈しました。
        
通訳兼調整役の                      調整役の三宅 順慈氏。                    
オウン・ミン氏とティン・エイ氏    実は従兄弟です。  
選考委員のメンバー
       
 総責任者のエッガ・ダーマ師       ピンニャーウーディー尼

学校の先生たちと信者さん
この時奨学生を選ぶ選考委員会を作り、
奨学生の選考や奨学金の運営は
地元の方々にお任せすることにしました。
外国人である私たちは資金を出すことと,
お金の使い道をチェックすることで,
正しい運営に関わることにしています。
投稿日:2009年7月29日(水)
世界三大仏教遺跡であるバガンからエヤワディ(イラワジ)河を船で
3時間半ほど遡ったところにパコック市があります。港から程近い丘の
上にあるのがスージーパン僧院です。ミャンマーの教育制度は、5歳
で入学して小学校5年、中学校4年、高校2年です。このスージー
パン僧院の周辺は貧しい家庭が多く、公立の学校よりお金を使わず
に行けるよう僧院が付属の小学校と中学校を造りました。
毎年中学に入学する40人のうち、高校卒業までの6年間に、経済的
な理由で20人が退校します。学力があっても学校を辞めざるを得ない
子供たちのため、2005年から本格的に奨学金制度を始めました。
SEEDは、中学高校に行く6年分の奨学金5人から7人分と、学校設備
を整えるための資金を毎年出します。
僧院は現地の選考委員と共に奨学金の運営に当たり、必要なら寮と
食事を提供します。

SEEDの奨学金は三宅漢方医院からの拠出が中心ですが、日本の一般の
方々からの寄付をいただいた場合はそれも奨学金にさせていただいております。
なお、いただいたお金は全て直接学校の費用に当て、渡航費や運営費には
一切使っておりません。
また、援助の適切な規模がありますので、寄付の募集も現時点では行っておりません。
援助と自助努力のバランスが大切だと考えるからです。

スージーパン僧院入口
     
入口を守る獅子像                                             貯水池入口 
    
尼僧の住居。子供を預かり養っています。                   尼僧の住居内部
            
                      本堂                                              スージーパン僧院付属学校の朝礼     
新しくできたレンガ造りの校舎。                     風が通って涼しい掘っ立て小屋の校舎
しかしイスは壊れたものを使っています。

教師はほとんどボランティア状態の給料で女性ばかり。
   
水道が無く、住民が学校の井戸に              教科書が買えない子は
水を汲みに来ます。                           先輩が残してくれた教科書を使います。    
会計監査でお金の使い方を毎年チェック                     奨学金贈呈
                
新しい机を寄贈                                新しい黒板資金を寄贈してくれた団体名
                                       “ハンサムな女たちの会”とビルマ語で書いてあります。
 
投稿日:2009年7月28日(火)
針治療がツボを刺して刺激するのに対し、吸い玉療法はツボを吸って刺激する治療法です。
ビンや缶に火を入れて内部の空気を燃やして陰圧にした直後、すばやく皮膚に置くと、
外部との圧力差でツボを吸引します。
丸い形のビンが最適ですが、普通のビンや缶、湯飲みでも使えます。元々は民間療法
だったものの効果が良いため、中国では鍼灸治療医院で針と一緒によく使われています。
 
竹の吸い玉                                                           ガラスの吸い玉
         
       南京市中医院にて陸瑾医師の治療
肩こりや腰痛、風邪の初期など、瀉法としての治療に優れますが、
小さな力で吸えば補法としても使えます。
道具が安価で、一般の人でも安全に行えるのが利点です。
        
メッティーラのナガヨンパゴダ                     境内に残る旧日本軍の軽装甲車の残骸
鍼灸を一般の人に教えるのは危険ですが、吸い玉治療なら安全なため、
2003年12月にアムダの活動として、メッティーラのナガヨンパゴダで
僧侶と農民を対象に、吸い玉トレーニングを開始しました。
安価で安全で治療効果の高い吸い玉治療は
現金収入の少ない農村で役に立つと考えたからです。

理論を講義しているところです。

棒に巻いた布にアルコールを付けて点火し、ビンに入れて空気を燃やします。

瘀血のある血管を瀉血し、吸い玉」を置くと、更に効果が高まります。
                
冷えがある人はお灸を併用します。       パコックのスージーパン僧院にて
 
         瀉血と吸い玉

膝に吸い玉。陥谷に隔物灸。

YMCAの要請によりピンマナにあるカレン族の村でトレーニング

ミャンマーの農村 メッティーラから車で2時間半のアレイワ村

ミャンマーでは農村に行く許可はなかなか取れないのですが、2004年6月
初めて農村でのトレーニングが実現しました。
一番熱心に学んでいたのは農村在住の民間治療師たちでした。
学んだ治療技術は早速その日から治療に使えるからです。
農民にとっても民間治療師の料金は町の病院に比べてはるかに安いので
大きなメリットがあります。

メッティーラの受講生たち

パコックの受講生たち
吸い玉療法トレーニングは半年間に9回行い、約400人が受講しました。
現在政治的な緊張のためトレーニングの許可を取るのが難しい状況ですが、
近い将来トレーニングを再開し、農村での廉価医療普及を更に進めるつもりで
います。
投稿日:2009年7月22日(水)
ミャンマーにはインド伝統医学を含め4つの異なる医学を併用する独自の伝統医学があります。この他に、華僑の中に鍼灸の技術が伝承され、アッサイと呼ばれ、一般にも利用されていたものの、医学校での教育には採用されていませんでした。
 
華僑の中医、翁邦超先生                      華僑の団体から出される中医の認定書
2002年9月、日本の援助でヤンゴンの郊外に建てられた
トレーニングセンターにてアムダの派遣として2週間の鍼灸教育を行いました。
研修を受けたのは臨床経験豊富なミャンマー伝統医学の医師たちです。

2003年7月から1年間ミャンマーに滞在し、鍼灸教育を行いました。
場所は主にアムダトレーニングセンターですが、
マンダレーの伝統医学病院やヤンゴン伝統医学病院でも行いました。
 
アムダトレーニングセンターにて

長期の停電で井戸水が汲めず、水洗トイレが使用不能に。
野外に簡易トイレを作って凌ぎました。
 
結局、水を買い、給水車で貯水タンクに補給するハメに。

伝統的なツボと大脳生理学を組み合わせた頭皮針。
体のツボだけを使う時と比べ麻痺の治療効果が格段に上がります。

     
麻痺の治療には井穴や十宣など   モグサの代用にミャンマー伝統医薬を
痛いツボを瀉血します。         使ってみました。                   
 
 
研修終了の後、師を拝むミャンマーの習慣           麻痺が改善した患者さんたちと
 マンダレーの伝統医学病院にて
2004年7月に帰国。アムダを退会し、独自にミャンマーSEEDを設立。
ミャンマーでの廉価医療普及を継続することにしました。
ミャンマーで鍼灸を教えている時に視察に来た政府関係者によって
鍼灸の効果が認められ、2005年から正式に第5の伝統医学として教育が始まりました。
教育を担うのは鍼灸トレーニングに参加した伝統医たちです。

2005年3月、マンダレーにて伝統医学大学の先生たちと。
向かって左端前列は南京中医薬大学から3ヶ月派遣された王玲玲教授。
この写真は教授の帰国後南京の医学雑誌に掲載され、
南京留学時代の友人医師がそれを見て連絡してきました。
世界は広いようで狭いものです。
  伝統医学大学
 
         2006年                                     2007年
  
2008年                                            2009年

 マンダレーの伝統医学大学で鍼灸の授業と実習が始まったものの、予算不足で
学生実習用の針は全く足りませんでした。
初めは私個人のお金で微々たる数の針を寄付していたのですが、やがて岡山にある
カクモト商会の角本純一社長の協力を得て鍼灸師の先生方から針をいただくように
なり、2008年からはセイリン株式会社から大量に針を寄付していただけるようになりました。
お陰様で学生実習に十分な針が確保でき、伝統医学大学の講師学生共に感謝しております。

  
病棟での学生実習。
院長と見に行くと早速捕まり、中医学での診断とツボの処方を説明しているところです。
  
伝統医学大学入口。                                           中庭
向こうにマンダレーヒルが見えます。           
 
伝統医学博物室                               医学生は青いロンジーを巻きます。

付属病院の鍼灸治療部門   鍼灸用の針は消毒して再使用可能です。


手作りの等身大の銅人


ヤンゴンの伝統医学病院でも治療用の針を寄贈しています。


独学で水針を会得したアウンミャットトゥン先生と討論中。